10代で経験と言っても、誰かのマネか、親から教えられたことなど家庭の環境ですね。
幸せな家庭で自分のわがままが通じるのであれば、次の階段は見当が付きません。
過保護が当たり前で、口に入る食事は自分が欲しいと思うとすぐにでも用意してあることが当然であれば、人に対して何かをしてあげたいとか、困っていることを理解するなんで無理です。中学生がトライアルウイークとして、町のお店などでお手伝いをしていましたが、最近は見かけません。
そんな企画を考える先生も、何の苦労もない人が先生をしているので、きれいごとで終わります。日本人の清潔な環境がちまちましたきれいごとですべてが完了してしまいます。
注意事項があまりにも多いい現在は、何かむなしいと思いませんか?
多少の冒険や、危険な事を体験してこそ自分で切り開く強さが生まれます。
貧乏な家庭に生まれると、その親は自分の事は自分でしなさいとわが子に教えます。
何も教育とは思えませんが、生きる力は目覚めますね。新しい服が買ってもらえないとなると、何としてでも自分で端切れをもらって、自分で手づくりをしてでも新しい洋服を着る、その行動力が貧乏な生活の中にはうまれるのです。
今では、親に力がないと、訳の分からない団体が寄付をしたり、国に抗議をしたり、力がない親は、助けてもらうことに慣れてしまいます。自分で行動を起こさないで生きるのは、本当にむなしいと思いませんか?いつも誰かに手助けしてもらうことになれるのは贅沢な事です。欲しいものを感じたいですね。それでいいなんて生きている意味がありません。
どんな環境に生まれても自分を大切にして欲しいと思いますが?